緑の双眸 1

2014年02月08日 22:56

【水橋パルスィ】

「おうおう、豪勢だねえ」

「全くだ。流石豪奢と噂の星熊様。花見一つでも豪勢であられる」

 家の前で妖怪の二人組が喋っているのが聞こえる。二人とも顔見知りだ。出て顔を負わせると会釈し、私は前を向いた。

 それはまさに豪勢という言葉を絵にしたような光景だった。金銀で彩られた籠には美女が乗っているのだろう。山海の珍味を集めた車は見ているだけで垂涎モノだ。そしてその中に置いても何より観衆の目を奪うのは、参列の真ん中、四人の鬼が担ぐ輿に乗った女性だった。

 輿の上で胡坐をかきつつ徳利を傾ける姿は、それだけで浮世絵のネタになるような艶かしさを放っている。しかしそんな雰囲気を醸しつつもどこか親しみやすさを感じる笑顔で周囲の観衆に手を振っている。星熊勇儀はそんな鬼であった。

 大した人気だこと、そんな皮肉じみた事を思う自分が何か少しおかしい。嫉妬深いと方々で言われる私でも溜息を吐くことしか出来ないほど星熊勇儀は美しかった。否、扇情的と言うべきか。背も高く身体つきも良く、おまけにあの美形だ。時折見せる少年のような純粋さを感じる表情もとても魅力的、ああなんて妬ましい。

 あらあら、やっぱり妬んでしまったわ。と笑った時、たまたま目の前を星熊勇儀の輿が通った。目が合ったのも、たまたまだった。

 少し頬を緩めて笑った。それをしたのもたまたまなら、星熊が呆けた表情をしたのも、たまたまだったのだろう。

 

 私こと水橋パルスィは旧都のとある店を手伝っている。現世にまだ残っていた際は、それこそ朝から晩まで私を捨てた男を恨みつくしていたものだったが今ではおとなしいものだ。時折愛想笑いもするし、あのころとは違うのだろう。

 花見とやらは大盛況だったようだ。私は未参加だったが、酒好きの妖怪たちのどんちゃん騒ぎは長く続いたようで道行く妖怪たちの中には頭を押さえているものが多い。

「すみません」

 声が表から聞こえる。どうやら準備中の看板が見えないらしい。こういった輩は無視するに限る。

「無視しないでください。無論準備中に声をお掛けする御無礼は存じております」

見透かされたような質問に面食らう。仕方なく外に出ると、一人の少女がいた。

 小さい、小柄といわれる私よりもさらに。これでは少女というより子供だ。

「失礼な」

 見透かされる。これは失礼。

「どうも。あなたは水橋パルスィさんですね?」

「ええ、そうね。なぜ貴女がここに居るのか聞いていいかしら?古明地さとりさん」

 この旧都で一番の顔役で地霊殿のトップである悟り妖怪。無論私のような一山幾らの妖怪と違い、れっきとした妖怪だ。姿かたちは可愛げのない子供だが、彼女を怒らせた日には私など消し炭にされてしまうだろう。

「失礼な、あなたの私のイメージは野蛮すぎます」

「ごめんなさい。でも分かってくれないかしら。怖いのよ」

「⋯⋯まあ良いです。少しお話しできますか?」

「ええ、いいわよ。どうせダメと言っても無理に聞かせるでしょうし」

 この旧都の主とも管理官ともいえる妖怪に誰が文句をつけるだろうか。どうせ大した用ではあるまい。そうでなくては私のような妖怪にこの大物が関わるわけがない。

「随分卑屈ですね」

「控えめなのよ、長生きするコツかもね。あなたより若いけど」

「訂正しましょう。失礼な方ですね」

 そういう事を言う割には最初から大して表情を変えていない辺り、こういう中傷には慣れているのかもしれない。

 

 さとり妖怪というのは、とかく嫌われ者なのだ。考えてみれば当然で、下手な考えも彼女の前では出来ない。その上痛くもない腹を自然に探られるのだから、好かれるわけがない。

「優しいところもある、のかしら⋯⋯?」

「さあ?」カフェテラスでそんな会話をするとどうにも味気ない。

 しかし、要件は何なのか気になる。早いところ切り出してほしいものだ。

「それではご希望に答えて。この旧都の外れに何があるかご存知でしょうか?」

「古ぼけた橋があるわね。そこがどうかしたの?」

「そしてあなたは橋姫です。なら私が何を言わんとするか分かるはずですが」

「ええ、分かるわ。そしてお断り。回れ右して帰ってくれる?」

 無茶を言うな、なんでそんな冷や飯食いを回されなけりゃならんのだ。とてもじゃないが御免である。このガキ、人の都合をなんだと思っているのか。

「消し炭になりますか?私はどちらでも構いませんけど」

「ちょっと。どうにもな話じゃない。いきなり職場に押しかけて、閑職に左遷だなんて。それが地底管理の権限を握る古明地さとりのやることかしら?」

「仕方ないんですよ。今、橋は管理者がいません。このままではチンピラ妖怪の巣窟になるかもしれないんです」

「知った事じゃないわ」

「こっちだってあなたの都合なんて知るものですか。管理者としての命令です。あなたは橋の守護者です。もう決めたのです、はい決まり決まり‼」

 荒っぽい声で強引に話を終わらせ、さとりは肩で息をつく。どうにもおかしい。確かに橋はチンピラの集いになるかもしれないが、だからどうしたというのだ。むしろ騒ぎを起こすチンピラが町はずれにいるなら臭い物に蓋でちょうどいいではないか。

「ああ、はいはい。分かった分かった。やりますよ、橋の守護。で、それはどうするの?住み込み?通い?」

「住み込みです、前任者が使っていた小屋がありますから。それではまた。橋姫」

 さとりは走って去って行った。

 私はトボトボ歩いた。これから店に行き退職の旨を話さなければならない。